嫁と姑との関係で起こる悩み、問題にお応えします。
同居の場合はとくに多い問題ですね。
憎悪から殺傷事件になることもあります!!
別居でもその影響は大きいようです。
もとはまったくの他人同士。
友達でも知人でもなく趣味が合って縁があったわけでもない。
夫を介してご縁ができたわけですから、合わなくても当然です。
昭和の20年代くらいまでは、まだ「お見合い結婚」も盛んだったと思います。
あらかじめ親が地域の有力者などに、良縁を求めて依頼を出します。
これは日本の文化が結婚を家同士の「家督を継ぐ」末代まで名を遺す、家系を守る、「人」より「家」だったのです。家柄にも価値を置いていました。
そういった意味、価値でとらえていたからでした。人の気持ちを考える、尊重することの意味がなかったのですね。
今もそう思っている年配の方はいらっしゃると思いますし、あるいは若者でもそれを脳にインプットされている場合は、この21世紀でもそう思っているかもしれません。
このように欧米の考え方とは異なる文化の影響もあり、いまだに家長(一番年長の男性)の言うことが絶対で逆らってはいけないと思い込んでいる家庭もあるようです。
これでは個人の基本的人権などあってないようなもの。たまったもんではありませんね。
しかし、だからといって初めから無視をしたり疎遠にすることはできません。
難しいと思えば難しい関係ですが、お互いに「こころのあり方」を学ぶと良い関係づくりができますね。
たとえば、
- 姑(義母)が夫婦の問題に口を出してくる
- 姑が子育てに口を出してくる
- 姑が息子(夫)離れできない
- 姑が嫁の悪口(陰口)を言う(親戚の人にも近所の人にも)
- 姑(舅)が嫁の教育といって嫁に厳しいことを言う(いじめ)
- 姑が息子(夫)夫婦の寝室に入ってくる
- 姑が息子(夫)の食事をつくりたがる
- 舅(義父)が嫁にいいよる、あるいはセックスを求めてくる
- 反対に嫁が姑をいじめる、じゃまにする、子どもに会わせない
このような悩みはたくさんあります。ほかにも数え切れないほど多く存在します。
事例1.
あるご夫婦はとても気が合い仲良く暮らしていましたが、ある日ご主人(夫)の父親が亡くなったのをきっかけに夫の母、姑と同居することになりました。
姑にとって息子、夫はひとり息子でかわいくて仕方なかったのか姑は同居を機に夫の世話をかいがいしくやくようになりました。まるで妻が二人いるかのようになり、嫁は不満を抱き始めました。それを理解できない夫は嫁に「なぜいつも怒った顔しているんだ」と文句を言い始め、ついに夫婦仲まで悪くなってしまいました。
このようなケースは気がやさしい男性に多いですね。自分の母親にもやさしい人なので姑(夫の母)にはっきり「世話は妻がするから大丈夫だよ」と言えないのですね。
気がやさしいのはいいことですが、妻(嫁)にとってははっきり言えない夫に腹が立つことになります。この場合、お母さんには自分の楽しみや趣味、生きがいになるものをみつけてあげるといいですね。 ただし上手に勧めてあげる工夫が必要ですね。
事例2.
ある主婦の悩み。近くに住む夫の母は何かと用事をつくっては息子夫婦の家に遊びに来ます。来ては『掃除が行き届いていない』『片づけが下手だ』『それでも主婦?』と文句ばかり言われて内心怒りと憎しみでいっぱいでしたが体裁や世間体を気にする主婦は『良い嫁』を演じ続けて『お母さん、教えていただいてありがとうございます』と言いました。
ますます夫の母は足を運び、1年後には見ていられないといい同居することになりました。
主婦は耐え切れず身体を壊して入院してしまいました。
うまくやるには
お互いの距離感というものが大事になります。
それには体裁や世間体より、自分を大切に自分の気持ちに正直になります。
自分の気持ち、思いを伝えることがいいでしょう。
<勇気がいること>
確かに勇気は必要です。勇気を出すこと、それはあなたの権利です。人権です。
あなたは人として認められる存在であっていいのです。
ですから、すべての人にある人権として、自分の考えや意見、思ったことを発言したり、相手に要求を伝えたりしてもいいのです。やめてほしいことも「やめてほしい」と言うことは権利ですから勇気を出すことです。
一方、権利は相手にも同じようにありますから、相手(姑)が言いたいこと、伝えたいことがあればそれを言う権利もあります。それを遮ることはできないのですが、それについて対話を持ち、言ってほしくないことは「私は言わないでほしいと思っています」と伝えることは良いことなのです。
どうしても難しい場合は、家族相談士のような専門家を介入させ、双方に肩入れの面接で納得いただけるケースもあります。ただ相談士の力量にもよりますのでご了承ください。
あるいは、相手が頑なで変わりそうもないケースの場合、交渉はあきらめて、その代り、相手に対する自分の観方、とらえかた、考え方を変えてみる方法もあります。
これは自分のためにです。相手の言動でストレスになっているとしたら、身体を壊してしまいます。自分のために言動の受け止め方を変えるのです。リフレーミングの手法です。
どちらにしても、相手のすべてを憎むのではなく、お母さんのやってくれること、言ってくれることを有難いことと思い、感謝の気持ちを養うこともだいじです。
「人」を憎まず「出来事」にフォーカスするといいでしょう。この方法もトレーニングが必要です。
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イラスト あさみめぐみ