事件から思うこと 長野県中野市立てこもり殺人事件


長野県中野市で猟銃で撃たれるなどして4人が殺害された立てこもり事件で、このうち警察官1人を殺害した疑いで逮捕された31歳の容疑者が「被害者の女性に悪口を言われたと思って殺した。射殺されると思ったので駆けつけた警察官も殺した」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で分かりました。警察は事件の詳しいいきさつを調べています。※NHKニュースより

 

家族心理として紐解いてみましょう

発表されたこと

・家系は13代続く農園

・仕事はぶどう農園とジェラードの店

・父親=市議会議員(議長)(現在は辞職)社会的地位

・母親=お花の教室 社交的

・殺害されたのは母の知人でもある近所の女性2人とかけつけた警察官2人

・母親と叔母は解放した(無傷)

・父親の説得には応じた

・現時点でわかっている供述 殺害動機は「悪口を言っていると思ったから」警察官に対しては「撃たれると思ったから」

 

ここに書くのはあくまで仮説ですが、事件をそのままにせず社会全体で考えることは必要です。一般の方にも知っていただくことがだいじであると私は思います。傍観者にならないために。

地元ではかなり注目され目立つ一家であったことがわかります。すると、その注目度から体裁や世間体を気にしたのであろうと推測できます。長男として生まれた容疑者は「いい子」でい続けることを無言の中に強いられていた可能性が見えます。いい子でいることは本人の勝手な思い込みだったかもしれませんが親子でも生まれ持つ気質が異なるので「いい子」を表面で捉えずにこころの奥にある本人も気づかないような心理に接してあげることがだいじです。難しいですが。

報道では子どもの頃は明るく活発だったとありますがそれ以降特に大学ではいったい何があったのでしょうか?

現時点ではここが謎ですが、人生の分岐点になっていたのかもしれません。

対人関係で何かあったのでしょうか?他者とのかかわりの思考とスキルは学校で必須科目にしてほしいくらい本来は重要なことなのですがなかなか文科省で取り上げていただけないようです。対人スキルは重要です。

また自分自身に葛藤を抱えていたのかもしれません。やりたいことがわからない、自分が何者でこれから先どうしたいのかわからない。これは受け身で生きてきたケースによくみられます。アイデンティティの確立がされていないケースかもしれません。やりたいことがわからないまま今の仕事に就いたのか?そこで生きがいややりがいを見出せれば良かったのかもしれませんが、生きがいややりがいというのはそこに「他者との良好な人間関係」があると満たされて発揮されるものですね。

 

自己完結のリスク

人によってちがいますが、思春期に起こる様々な出来事に対する思考、自分の中で「こういうことか」と完結して思い込んでしまうことの中に「リスク」があります。

リスクとはその後の人生に大きく影響します。思い込みの中には自分にとって「快情動の良い思い込み」と「不快な悪い思い込み」があります。自分にとって不快な思い込みはもうそれ自体が自分を貶めていることになります。自己否定、自信喪失、自己信頼の欠如になる可能性が高いのです。これを知っているだけでも「よくない思い込み」はしない!と決定できるでしょう。

できれば思い込まずに確認する。『私はこう感じたのだけれどあなたはどう感じたの?どう思ったの?どう考えたの?』と何度でも確認し合うことがだいじです。ところがコミュニケーションに自信がないと相手とかかわりを持たずに自分の中で「こうに決まっている!」と完結してしまうことがあります。

仮定ですが、そうだとしたらご両親も気づかぬうちに「周囲の人間が自分をどんな目で見ているか?」を決めつけていたのかもしれませんね。

今回の事件もこの「思い込み」が強かったのではないか、ということが推測されます。供述に『悪口を言われていると思った』とあることから、悪口を言われていたかどうかは実際わからないと思います。またこれは親や叔母も自分の陰口を言っているのではないかという思い込みもあったのではないか?とも考えます。言わないまでも『困った子だ』という意識です。

なぜなら、親子の信頼関係が成り立っていれば「事件を起こせば親の立場がどうなるか」予測できたはずでブレーキがかかります。しかし事件に至ったのは既に親との信頼関係も崩れていたのではないかと考えます。表面上はうまくいっているように見せていても内面では『本当のぼくをわかってもらえていない』と感じていたのかもしれません。

ある意味、この事件は無意識では気づかない両親への復讐だったのかもしれません。

 

事件とは関係なく大切なことは

子どもの気持ちを表面だけで捉えずこころの深い部分まで寄り添うこと。

思春期以降の子どもからおとなに変わっていくときの気持ちは様々に変化します。ここが重要です。幼い頃とはちがい身の回りの世話がいらなくなり友人との関係も増えるので、親との距離が開きます。だいじなことは「こころの距離」これは近くにいてください。

これは心理学的な勉強も必要になるかもしれませんが専門家に相談しながら一緒に進めていけるといいですね。

よくあるケースでは親子の気質のちがい。とくに感受性の繊細さ。繊細の度合いというのは親子でもちがいます。鈍感タイプの親が繊細タイプの子どもを持つと「この子本当にわからないんです」という声を聴きます。

私から親御さんにどんなに説明をしても伝わらないことがあります。感覚機能だからですね。理屈ではないんです。

そんなとき子どもはがっかりします。いちばんわかってほしい人(親)にわかってもらえない辛さ、苦しさにもどかしさを覚えます。親にあたり気持ちをぶつける人もいますが、親には言わずに他人に攻撃性を見せることもあります。

なので親だけで解決しようとせず、できるだけいろいろな人と共に向き合い方を知っていただき時には身内以外の他者にかかわりを持ってもらうことも必要です。

 

 

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